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スポーツ貧血の常識・非常識~アスリートの貧血への対応~宮崎大学医学部医学科 血液・血管先端医療学講座 教授 藤元 昭一 先生 国立スポーツ科学センター メディカルセンター 副主任研究員 内科 蒲原 一之 先生

国立スポーツ科学センター(JISS)は、独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)の組織下にあり、日本のスポーツの国際競技力向上を目的に、スポーツ医・科学支援事業、研究事業、スポーツ診療事業を通じて、日本オリンピック委員会(JOC)に加盟する競技団体とそれに属する競技者を支援している。本センターはトップアスリート育成のためのさまざまなトレーニング設備だけでなく、アスリートにとって最良のコンディション維持を目的とした診療所も備える。

過酷なトレーニングを行うトップアスリートには、鉄欠乏性貧血をはじめとする貧血が多い。貧血は競技成績を左右する問題であり、一度発症すると治療にはある程度の時間がかかるため、検査による早期発見と早期治療が必要である。国立スポーツ科学センター メディカルセンター 副主任研究員 内科 蒲原一之先生に、アスリートにおける貧血の原因と特徴・対応方法についてご講演いただいた。

アスリートを最良のコンディションで試合に臨ませるために

JISSの医療は、疾患の予防・治療を行うだけでなく、アスリートを最良のコンディションで試合や練習に臨ませるための支援を目的としている点で、通常の医療機関と大きく異なる。一般的にいえば健康体であっても、アスリートの場合はコンディションの維持・向上を行わないと十分にパフォーマンスが発揮できないことがある。そのため、一般の患者よりも短い間隔で定期検査を行い、早期に診断・治療を行うことが求められている。

オリンピックなどの国際競技大会の代表候補には、通常診療のほかに1年に1 回、メディカルチェックを行う。チェックには、問診と血液検査、尿検査、心電図、胸部X 線、肺機能検査、身体の歪みや筋肉の柔軟性の確認があり、さらには整形外科と内科、歯科での診察などが含まれ、必要に応じて心エコーなども追加する。

問診には、一般の患者よりも詳しく尋ねる項目がある。まず、整形外科的な外傷歴とサプリメントを含む服薬歴が挙げられる。服薬歴はドーピングとも関連があるため、既往歴や現病歴の確認とあわせて過去1年間の服用薬を全て調べる。ドーピングに関する教育・指導も行う。選手として最適な体重を判断するために、体重についても詳しく尋ねる。日常生活に関しても、一般的な項目のほかに、最近の練習は順調か、調子は良いかなどを尋ねる。女性では厳しいトレーニングによって無月経となる選手も多く、月経について必ず尋ね、必要であれば婦人科に紹介する。

血液検査(図1)では、貧血の確認を必ず行い、あわせて血清鉄、総鉄結合能(TIBC)、血清フェリチン値、網状赤血球数も検査する。

図1 JISS でアスリートに行う血液検査項目

大量の汗とともに鉄を喪失するトップアスリートは約1割が貧血

図2 アスリートのメディカルチェックにおいてしばしばみられる問題

メディカルチェック時によくみられる問題として、競技種目や身体的特徴により差があるものの貧血が挙げられる(図2)。オリンピック代表候補選手では、男女とも約5~10%で貧血がみられる。女子選手では、貧血と月経との関連性が指摘されることもあるが、実際に176名でメディカルチェックを行ってみたところ、貧血傾向のあった9名のうち、月経中の選手はひとりもいないという結果が出た。このことから、貧血は慢性的な疾患であり、月経中に特有なものではないことがわかる。体重階級制の種目では、体重を保つための厳しい食事制限による鉄摂取不足で貧血になりやすい。

貧血の症状は、疲労、立ちくらみ、動悸などであるが、その原因が厳しいトレーニングによるものなのか、貧血によるものなのかをアスリート自身が区別するのは難しく、単に「調子が悪い」と判断することがある。指導者やコーチに貧血について正しい知識がなければ、「気合いが足りない」などと間違った指導をしてしまい、貧血もコンディションも悪化することになる。アスリートの診療時には、「調子が悪い=貧血」の症状である可能性を理解し、常に貧血を念頭におく必要がある。

図3 アスリートの貧血で実際に多いタイプ

アスリートの貧血で多いのは、「鉄欠乏性貧血」と「溶血性貧血」、「タンパク質および亜鉛の欠乏による貧血」の3種類である(図3)。鉄欠乏性貧血は、消化管出血、血尿、発汗、月経などにより体内の鉄の喪失や、鉄の体内への吸収機能の低下、摂取する鉄の不足などにより発症する。スポーツにおける鉄欠乏性貧血の要因は、鉄を個人の身体が必要とする量と排泄される量の総和が、摂取吸収される量を上回ることである。運動で大量に汗をかくと、汗に含まれる鉄が体外に多く排出されることになる。また、激しい運動で胃や腸が虚血状態になり、粘膜から出血することも少なくない。

溶血性貧血は、マラソン、剣道、新体操など強い踏み込みや着地を行う競技に多く、足底部に長期間衝撃を加えることにより赤血球が機械的に破壊されたり、激しい運動が代謝性アシドーシス(血液や体液の酸塩基平衡が酸性に傾くこと)を引き起こして赤血球が破壊されたりして発症する。

タンパク質欠乏や赤血球の膜を守る亜鉛の欠乏による貧血もみられる。アスリートは筋肉をつくるために多くのタンパク質が消費されるため、ヘモグロビンの産生に必要なタンパク質が不足するのかもしれない。

しかしながら、全体的な貧血の頻度は以前と比べて減っており、鉄摂取の重要性についての教育成果といえる。